DJの一線を退いてからの話。

自分の遺言だと思ってここに書いとこうと思います。笑

めっさ長くなってしまった。。

 

どこから話を始めよう。

 

そう、東京の某クラブでレギュラーをクビになったあたりからかな。

 

忘れもしない2010年の3月第1土曜。

 

DJ終わりに酔ったそのクラブの店長から「なんだ、あの選曲。あんなんで本当にメインタイム張れると思ってるのか。メインじゃなくてオープンやれよ。」といわれ、俺もカチンとなり口論。

 

そのクラブの別の責任者まで出てきて「お前のDJなんか聴くに耐えない」とまで言われた。

 

まぁ、今になって思えば本当実力不足だったし、当時そのクラブは週末に2000人近く入る賑わいだったので言われても仕方なかったかなと思った。

 

実際、2ちゃんでも俺の選曲がクソだという書き込みが散見された。

 

当時海外のDJがどうやってるかやたらと興味を持ち始めてしまい、それをなぞるかのようなことばかりやってて、それは単なる自己満だし家でやれって話。

 

思えばクビになって当然。

 

その日の午後にはオーガナイザーとお世話になった先輩と話をし、イベントを退く意志を伝えた。

 

本当に良いイベントだったし、オーガナイザーにも先輩にも本当にお世話になったし、参加できたこと自体は今も誇りに思ってる。

 

ただ、クラブ側からあそこまで言われて、もう2度とそのクラブには足を踏み入れたいた思わなかった。(実際、そのクラブには辞めてから未だに一度も行っていない)

 

その後、当時やってたバイト先のコールセンターで社員になりたい旨を伝え社員になるための試験を受けるも、その職場では「能力が足りない」と言われ、バイト先もクビになった。

 

まぁ、俺のお客様対応も最悪だったし、意識高いだけで何もできなかったし、これまた仕方ない。

 

で、完全に無職になった。

 

ハローワークに行ってもリーマンショックの煽りで仕事が見つからず、途方に暮れた。

 

当然、アルバイトしながら夜のクラブでDJをしてたような人間を雇う会社はなかった。

 

2010年は本当にどん底だったし、今でも時々思い出す。

 

でもあの経験があったからこそ、今があると言える。

 

途方に暮れてたタイミングで心配した友人が電話をくれ、「取り敢えず派遣登録してみたら?」というアドバイスを貰い、一旦正社員になることは諦め、まずは派遣会社に登録。

 

2007年頃からスクラッチライブなどDJ用のアプリケーションを頻繁に使っていたし、音楽編集ソフトのLogicなんかも初心者なりに使ってたし、インターネットで情報収集をするのが当たり前だったこともあり、漠然と興味を持っていたのはIT業界だった。

 

en派遣を通じていくつかの派遣先に行って登録をし、IT業界になんとか入れないものか派遣会社に相談したところ、ある通信会社のサポートセンターの仕事を紹介してもらった。

 

それから1年、その通信会社の持っている複数のサポートセンターを任せて貰えるようになるも、半年くらいで物足りなさを感じ、1年で契約終了。

 

契約終了前から派遣会社に「もっとタフでお金のいい仕事はないか」と相談していたところ、プロジェクトマネージャーというポジションはどうだとという紹介を受ける。

 

当時はPMPやらPMBOKなんて聞いたこともなかったし、なんかよく分からないけど凄そうってことで勢いで受けた。

 

PMやプログラマー派遣社員というより受託という形で一定の契約期間(大体3ヶ月から半年)で切って報酬としてお金をもらうような働き方がある。

 

最初は派遣会社からの紹介だったが、2つ目のプロジェクトの時は受託で某SI会社の協力先としてプロジェクトに入った。

 

まぁ当然お金は良かったが、世の中でプロジェクトマネージャーをやりたがらない人が多数いることが仕事を始めてよくわかった。

 

プロジェクトの品質、予算、期限ていう、いわゆるQCD(Quality,Cost,Delivery/Deadline)を守るため、とにかく調整に次ぐ調整の嵐。

 

あとはプロジェクトのオーナーであるエンドユーザーへの報告から上申の手伝いまで、やることは腐るほどあるし、時には謎に他の協力会社から責任転嫁されたり、味方から責任を押し付けられたり、なんていうかサンドバッグみたいな仕事だった。

 

自分の場合はエンドユーザーがプロジェクト推進チームをちゃんと持っており、SIerに丸投げのようなことはなかったのがラッキーだった。

 

そんなプロジェクトに入ってるといろんな協力会社と知り合う機会がある。

 

たまたま同じ打ち合わせの場で同席した外資の戦略コンサルタント会社のマネージャーと仲良くなった。

 

それが実は今、外資系に勤めていられる全てのきっかけだったし、その方が後に俺の上司になった。

 

DJの時から変わらず生きてくだけで精一杯だったけど、その状況を楽しんでる自分に興味を持ってくれた。

 

またこれ幸いかお互いブラックミュージックが好きだったこともあり意気投合。

 

すでにその人は別の外資企業にディレクター(日本でいうと部長クラスの待遇)として行くことが決まっていて、部下を連れてきていいと言う話もあったということから会って間もない俺に声をかけてくれた。

 

俺がその方の立場だったらそんなことできるか怪しいし、器のデカさに痺れた。(本当に未だに感謝しかない。)

 

で、そんなこんなで外資系企業の人事プロセスに入ろうとするも、その当時の人事担当者が絶妙なタイミングで他の外資に転職し、この話は一旦ボツに。

 

当時のプロジェクト契約が終わることもあり、一旦外資への転職のチャンスは諦め、これまた通信会社に契約社員として入ることになった。

 

通信会社での仕事を始めて1年ちょっと経った頃、例の外資系企業のコンサルタント(その時はもうディレクター)の方から突然ショートメール。

「まだ外資来る気ある?あるなら取り敢えず面接の準備をしておいたから受けて」とのこと。

 

まさかまさかの出来事にビックリするも、こんなチャンスは2度と来ないと思い、迷わずYesと返答。

 

3度の面接を経て、無事外資企業の正社員として採用された。(ちなみに英語は全くできなかったし、当時のTOEICは500点だった。。)

 

長くなったが、外資に入るまでの流れはこんな感じ。

 

DJをクビになってからたったわずか4年の出来事だったけど、本当に人に恵まれた。

 

だから、恵まれた分、俺も恩返しだったり、逆に若い人にチャンスを与えられるようにならなきゃバチが当たるだろうなと。

 

誰のために書いてるわけでもなく、自分の中で整理をしたいタイミングではあったので、取り敢えず書き散らしてみました。

 

ここまで読んでくれる人がどれだけいるのか分からないけど、何かの励みになればこれ幸い。